空色ノート

中小路昌和のBLOGです。

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-恋バイ⑧-  


恋愛バイアス


-41-


対津山西戦は、9-0で光陰高校の勝利だった。去年までなら決して楽な相手だとは思わなかったが、完勝といってもいい試合運びで危なげなく初戦突破。まずは順当に、二回戦の共栄高校戦を迎えた。
次の対戦相手、共栄高校は去年甲子園を経験しているメンバーが五人もいる。特にピッチャーの長野は甲子園でも豪腕を評価された大会屈指の右腕として名を馳せていた。一方、七瀬ら光陰高校は、酒井の抜けた穴がどうしても低評価に結びつくらしく、下馬評では圧倒的に不利だと予想されている。しかし光陰高校も、ただ手をこまねいていたわけではなく、共栄の柱、長野攻略に心血を注いでいた。長野の長所は、内角を積極的に突く勢いのあるストレートと、抜群のコントロールである。それに対抗するにはベースのギリギリに立って内角攻めを許さないこと。内角が突けないとなると、長野のもう一つの勝負球であるスライダーが活きない。勝負は長野の立ち上がり。外角主体のピッチングに切り替える前に、リズムを狂わせ一気に加点するしかない。打線はトップからラストまで穴はない。丁寧に低目を突いて根気よく投げるしかない。気持ちが切れたほうが先に崩れる。平岡監督曰く「勝負は序盤の三回」

試合は光陰高校の攻撃で幕を開けた。トップバッターは七瀬。俊足を買われたというのもあるが、ここ数ヶ月は打撃の調子がいい。走り打ちは抜けないが、ツボに嵌まれば外野の間を割る打球の鋭さも備わっている。七瀬は左打席、内角ギリギリに立つ。当たるのが怖くないとは言わないが、何としても塁に出る。自分の仕事は塁上をかき回すことだ。球場の空気が変わる。プレイボールだ。

初球は内角高めのストレート。唸りを上げてキャッチャーミットに吸い込まれる。判定はボール。自分の弱点を分かっているのだろう。臆することなく内角を突いてくる。物凄い球威。ただ突ききれるか?二球目も内角へストレート。上体を起こさせてベースから遠ざけようとしている。正直、この内角のストレートが決まったら、七瀬には打てない。内角は捨てる。勝負は外角のストレート。これを思いっきり叩きつけて三遊間へ転がす。あとは共栄の守備と自分の足の勝負だ。
三球目。七瀬は思いっきり右足を踏み込んだ。ボールは高速で回転しながら七瀬の左足へ。スライダーだ。七瀬はもんどりうって倒れる。デッドボール。やった!塁に出た!!

長野の弱点をこれほど露呈した試合はなかった。執拗に内角ギリギリに立つ光陰攻撃陣に、長野は積極的に内角を突くのを止めなかった。しかし球が抜ける。七瀬以降、三者連続で四死球を与えた後、四番の白川を打席に迎えた。塁上は埋まった。押し出せば先制点を与えてしまう。光陰高校、平岡監督は共栄バッテリーの心理を読んでいた。左打席に立った白川へアドバイスが送られる。「内角は全て捨てろ。外角のストレートが来たら強振」
その初球。長野はコントロールを気にしていた。コントロールで勝負する投手ほど、荒れた球が続くことを嫌う。こんなはずじゃないと修正しようとするがそれは腕が振れない、という悪循環に繋がった。白川は外角の中途半端なストレートを一閃。打球は左中間を深々と破った。三点先取。タイムリーツーベース・ヒット。

長野は先取点を奪われた後、急速に立ち直った。このあたりが大会屈指の右腕といわれる所以だろう。崩れはしても試合は壊さない。七瀬も力投を続けていた。この日のストレートのMAXは139キロ。自分でも信じられないが、伸びのあるボールがテンポよく、意図したコースに決まっていた。
しかしさすがは甲子園ベスト4の共栄高校である。簡単に打ち崩せないと見るや、五回あたりからセーフティーバントの構えを見せ、七瀬を揺さぶりはじめた。早打ちを戒め、出来るだけ七瀬に球数を投げさす作戦である。その効果は八回の攻撃から見え出した。三本の長短打で二点を返し、抜け目なく送りバントも絡めてスコアリングポジションにランナーを進めると、すかさずスクイズを敢行。足がもつれる七瀬。しかし打球が死にきっていなかったのが幸いして間一髪、ホームでランナーを殺した。そして試合は九回裏、共栄高校最後の攻撃。

「満塁だって。やばいね」
七瀬はマウンドに集まる選手達に笑顔を振りまいた。
九回裏、一死満塁で打席には四番長野。今日の対戦では三打席で三本のヒットを浴びている。ピッチングだけでなくバッティングにも非凡な才能を見せている。エースで四番。いるんだよな、こういう奴。
「スクイズを警戒して内野は前進守備。強打してきて転がったら近いところで殺しましょう。外野は少し深めに。頭を越されたら終わりです」
白川がグラブで口を隠しながら選手達に伝える。
「よし。ここが踏ん張りどころですよ!」
白川の声に選手達が「おう!!」と掛け声を上げて守備位置につく。七瀬は白川を呼び止めた。怪訝そうな顔で七瀬を見る。
「変化球は駄目だ。情けないけど握力が落ちてる。コントロール出来る自信がない。しかもスクイズで来られたら、俺のカーブじゃミットに届く前にランナーはホームに生還してる」
白川が困惑した表情を見せる。
「ばか。弱音吐いてるわけじゃねえ。ストレートで行く。内角に力一杯投げ込むよ。それを引っ掛けてくれたら俺らの勝ち。捉えられたらボールはスタンドにインだ」
白川は無言で頷くと、ミットを力強く叩いて守備位置に戻っていく。

試合再開が審判から告げられ、七瀬は思いっきり右腕を振った。ボール。次もボール。三球目は内角の際どいコースへ。長野は見送りストライク。カウントはワンツー。バッティングカウントだ。下手にストライクを取りに行ったらやられる。七瀬は右手の中で白球を転がした。ベンチに目をやる。平井沙織が祈るような目でこちらを見ている。平井紗希は・・・表情を変えてない。でも手にしているスコアブックを強く握っているのが見える。七瀬はセットポジションから左足を大きく上げる。「酒井・・・」声にならない声が七瀬の口から洩れた。そして渾身のストレートを長野の胸元へ投げ込んだ。


-42-


強豪共栄高校敗れる、の報は、翌日の地元紙を賑わした。タイムリーを放った白川は超高校級スラッガーと称され、九回165球を投げ切った七瀬は、新星現る、というありがたいようなくすぐったいような見出しで賞賛された。長野目当てにプロのスカウトやマスコミも観戦していた試合での活躍は、宮田校長を大いに喜ばせた。試合前には完全に白旗をあげたような顔をしていただけに、その豹変ぶりは光陰高校野球部を困惑させた。
「やってくれると信じていたよ」
宮田校長は平岡監督の手を握って「甲子園も見えてきたんじゃないか?」と満足げに話していた。
 
平岡は三回戦の先発に、二番手の陣内投手を起用した。二回戦から日は経っていて、七瀬は準備万端だったが、これ以後のスケジュールは勝ち進めば勝ち進むほど厳しくなる。それを考えると七瀬を温存できるのは、ここしかないという判断だった。試合は7-4で光陰が逃げ切った。最終回に三点を失うまで陣内は力投した。覇気が前に出ないピッチングをする、という印象を七瀬は持っていたが、それは間違いだったと知った。自分も成長したが、陣内も成長しているのだ。この試合の好投は平岡監督も嬉しい誤算だったようで、七瀬が崩れても陣内がいる、という継投に計算が立った。プラスはプラスを生むものだ。

初のベスト8進出をかけた四回戦は、スタンドが光陰高校応援団で賑わった。通常、準決勝くらいから学校は総出で応援体制に入るのだが、さすがは野球好きの宮田校長だけあって抜かりはない。と、言うよりもすでに相当興奮している様子だ。応援団の声援もあって四回戦も光陰は難なく勝利し、余勢をかって準々決勝、準決勝を勝ち進んだ。光陰高校初の甲子園出場まで、勝ち星はあと一つ。

「肩はどうだ?」
準決勝戦後、七瀬は平岡監督に声をかけられた。
「大丈夫です。あと一つですから」
七瀬は胸を張った。
「そうか。それならいい」
平岡は七瀬の肩をポンと叩き「明日も頼むぞ」と言ってベンチ裏の通用口から去っていった。
七瀬は平井紗希と入念なアイシングをしてから、選手用のバスに乗り込んだ。バスの中は騒がしいのかな?と思っていたが、全員が泥のように眠っている。
「こんな連戦は初体験だからな」
平岡が七瀬に言う。声は出さず頭だけ下げて自分の席に座った。平井は斜め向こうの座席に座る。

七瀬はぼんやりと平井の後頭部を眺めた。彼女が野球部に来てからというもの様々なことがあった。翔子の死、酒井の死。悲しい出来事はあったけれど、それが自分を成長させたのかな、と思う。人の死を糧になんて縁起でもないが、あの出来事を乗り越えられなかったら今の自分はないだろう。そしてその全ての場面に彼女はいた。「甲子園、行こうよ」と彼女は言った。酒井と同じセリフだった。あと一つだ。あと一つ勝てば、夢にも思わなかった甲子園に行ける。あと一つ・・・七瀬はそのまま眠りに落ちた。


-43-


スタジオ練習が終わって、矢野がロビーでメンバーと談笑していると、立石留美が現れた。立石は竹上さんと付き合っている。以前、平井沙織を紹介すると竹上さんに豪語したが、結局果たせず、その代わり、と言ってはなんだが、立石を会わせた。二人はすぐに意気投合したらしく交際を始めた。それから竹上さんは立石を練習に呼ぶようになった。「やっぱ素人の意見も必要だからよ」と、竹上さんは言うが、結局は彼女の前で格好いいところを見せたいだけなのだと思う。素人の意見ならライブ後のアンケートでも聞けるのだ。
「竹上は残業で今日は来れないって連絡あったけど。聞いてなかった?」
ボーカルの瀬古さんが立石に告げる。彼女は聞いてないです、としおらしく言ってみせた。
胸元が大きく開いたTシャツに、屈めば、見て下さい、と言わんばかりのミニスカートを履いている。抜群のプロポーションとは言えないが、肉感的で男好きのする顔立ちをしている。本人も分かっているのだろうか、いつも男に媚びた態度を取っている。ぶりっ子ってやつだ。
「じゃー俺、そろそろ失礼します」
矢野は残っていた缶コーヒーを飲み干すと席を立った。
「今日は早えな」
ドラムの桐生さんが、まだいいじゃないかよ、という顔つきで不満そうに言った。
「明日、早いんすよ」
矢野が面倒くさそうに言い訳をした。勿論、桐生の態度にではなく、明日早いことが面倒だという風に。
「そういや、決勝まで勝ち残ってるんだって?」
瀬古さんが煙草をもみ消しながら聞いてくる。
「そうなんすよ。何をどう間違ったか勝ち進んじゃいまして。うちの校長は大の野球好きですからね。応援に行かないと後で大目玉を食らっちまう」
矢野はおどけた。
「それなら留美ちゃんも明日早いんじゃないの?おまえ送っていってやれよ」
桐生さんがいやらしそうな目つきで立石を見る。視線に意味を含ませているのではなく、この人は女を見る目が基本的にこうだ。
「あ、私は一人で帰れます」
立石が慌てて言う。でも本当に断っているようには見えない。あくまでポーズというやつだ。矢野は学校では見せない立石のこういう態度にはいつも不快感を覚える。優等生の学級委員長、率先してクラスをまとめる出来る女子というイメージはここでは全く見せない。
「何だよ。女の子を夜道に一人で放り出す気か?もし嫌なら俺が送っていってもいいけどよ」
桐生さんが下種な笑みを浮かべる。立石はまんざらでもなさそうに頬を赤らめてうつむいている。こいつらいい加減にしろよ。
「分かりましたよ。俺が送ります。行こうぜ、立石」
矢野は立石を促した。目の前で浮気なんかされたらたまったものではない。もし出来ちまったら竹上さんになんて言い訳したらいいんだよ。
「お疲れっす」
矢野は瀬古さんにだけ、と見えても仕方ないくらい桐生を無視した態度で、立石を連れてスタジオを後にした。


-44-


彼の心臓は早鐘を打っていた。人気のない路地。目の前には怯えた目の少年が足を震わせている。
「言うこと聞けば痛い目にあわしゃしねえよ」
彼は声が震えたのではないか?と思った。しかしそれを悟られまいと更に強く出る。
「聞いてんのかよ?」
少年の胸倉を掴み、肘で下あごをニ・三度小突く。少年は息苦しさと恐怖で目の焦点が合っていない。
「しっかりやれば二度と現れねぇ。いいな?」


-45-


矢野と立石は深夜の公園にいた。帰り道の途中、立石が気分が悪いと言ってその場に座り込んでしまったからだ。
「大丈夫かよ?」
矢野は立石に自動販売機で買ってきたお茶を渡す。ありがとう、と言って彼女はお茶を受け取ったが口にしようとしない。
めんどくせぇな・・・矢野は心底思った。大体、女ってやつは何でこんなにも足が遅いのか。普段の歩く速度の三分の一にも満たない歩行スピードを強いられ、無言が何よりも苦手な矢野はひとしきり立石に話しかけた。すると立石は気を良くしたのか、帰る道すがら「この店のケーキは美味しいんだよ」とか「ここの文房具屋さんのおばさんは愛想が悪いの」とか、自分から話題を振るたびに足を止める。しかも最後には気分が悪いときた。矢野は自らのお喋りを呪った。
「家に電話して迎えに来てもらおうか?」
矢野は提案してみた。このまま無為に時間を過ごすより余程いい。
「もうちょっと。もうちょっとで立てるから」
立石は提案を断った。
矢野は特にすることもないので隣に座り、何となく立石を見た。身を屈めた彼女の胸元は矢野の位置からよく見える。いけない、とは思いながらも目が離せなくなった。女を抱いたのはいつだっけ?矢野の頭の中に昔付き合っていた彼女の顔がよぎった。立石ほどじゃないけれど豊満な身体の持ち主で、年上ということもあったのか彼女に溺れた。七瀬や白川が白球を追いかけている間、俺は女の尻を追い回していたわけだ。
矢野は自嘲した。人より性欲が強いとは思わないが、女を見るとたまらなくなる時がある。SEXを体験していない時にはなかった衝動だった。一度、味をしめてしまえば病み付きになる、と桐生さんが言っていたが、本当だった。しかも相手は桐生さんの友達だった。「良かったかよ?」と聞かれた。自分が足を踏み入れてはいけない世界を知ってしまった気持ちになった。抜け出したい、とも思った。だが矢野は女の肌の虜になった。

突然の別れを切り出されたのは、逢瀬に浸りきっていた時期だった。矢野は泣いた。泣いて別れたくない、と女にすがった。しかし女はそういう矢野を心から軽蔑し、最後には桐生さんを通じて矢野に最後通牒を行った。目の前が真っ暗になった。あの時の桐生さんの目。桐生さんの口から発せられた痛烈な別れの言葉。矢野は自分が弄ばれていた事を知った。わずかながらにあった貯金も気が付けば底をついていた。親の財布にも手をつけた。友人にも金を借りた。そんな毎日も彼には喜びだった。ひたすら彼女に会いたかった。彼女に会えるなら何だってやってやる、と思っていた。
 
桐生さんと距離を置くようになったのはそれからだ。自分の情けなさを彼のせいにするつもりは毛頭なかったが、どうしても心を開くことが出来なくなった。そんな時に、竹上さんがバンドに加入した。真っ直ぐな人だった。最年少の自分を誰よりも気にかけてくれた後輩思いの優しい先輩だ。瀬古さんや桐生さんとバンドをやらなくなる時が来ても、竹上さんとはずっと一緒に音を出していたい。
視線を感じた。立石が上目遣いでこちらを見ている。思考が止まった。唇が濡れている。気が付くと彼女の手が自分の膝に置かれていた。熱い・・・矢野の咽喉が鳴った。
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Posted on 2011/10/12 Wed. 15:43 [edit]

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